校長あいさつ

 本校は,明治33年(1900年)に郡立加美蚕業(さんぎょう)学校として創立され,昭和40年には文部省(当時)より,「自営者養成農業高校」(「パイロットスクール」)の指定を受け,今年で122年を迎える農業の専門高校です。卒業生は18,000余名にのぼり,地域はもとより県内外,さらには全国各界で活躍し社会に大きく貢献をしています。

 本校の校訓は「心を耕す」と書く『耕心』です。これは「飽くことなき文化への憧れと創造」,「豊かな人間性の開発」,「強い意志の鍛錬(たんれん)」を意味し,「人生への日々新たな希望と喜びの指標」と仰がれています。また,校章は,欅と萩の三枚の葉であしらわれ,欅の葉は真・善・美への限りない憧憬をあらわし,萩の葉は知・情・意の全的発達を目指しています。

 本校の校地面積は813,457m2(東京ドーム約17個分)と全国屈指の広さを誇り,船形山を望む豊かな自然環境の中,実際の農業経営的体験を踏まえた学習活動を通じて,生命を慈しむ心豊かな生徒の育成を行っています。設置学科は「農業科」「農業機械科」「生活技術科」の3学科となっています。各学科とも特色あるカリキュラムのもと,生徒の学力向上と農業実践力を育成するために,地域と一体となった教育活動を推進しています。
 また,耕心寮における寮教育は本校教育の根幹となる特色です。新入生は各学科とも一定期間の入寮が義務づけられており,充実した支援体制や快適な設備のもと,基本的な生活習慣や自主性,協調性などを培いながら,規則正しい和やかな共同生活を送っています。

 さらに,全校田植えや収穫祭,部活動や生徒会・農業クラブ・家庭クラブ・寮生会、地域ボランティア活動などの様々な行事をとおしてお互いに高い志を持つとともに,本校では昭和63年から,韓国の水原(スオン)農林高等学校(現・水原農生命科学高等学校)と研修生の交流を行ってきました。その成果として,平成3年6月に同校と姉妹校締結を行い,隔年で訪問と招待を行っています。長年,生徒同士の文化学習交流を続けており,生徒間のみならず日韓両国の親善と友好の関係を深めています。

 本校は、自ら意欲的に学ぶ生徒,心身ともに健全な品格のある生徒の育成を目指し,教職員一丸となって生徒一人ひとりの自己実現と進路実現を支援しています。広大な敷地面積を誇るこの加美農業高校で学びたいと希望する中学生の皆さんの入学を歓迎いたします。
 本校ホームページをご覧の皆さん。ぜひ本校の最新情報や各ブログをご覧いただき,本校の魅力を少しでも感じ取っていただければ幸いです。
 今後とも,保護者の皆様や地域の方々に応援をいただきながら,教職員と生徒が強い信頼のもと一丸となって教育活動を推進してまいりますので,皆様のご理解とご支援を心よりお願い申し上げます。

 

   令和4年4月1日

宮城県加美農業高等学校

校 長  根岸 一成

ブログ

校長通信「耕心だより」

令和4年度修業式(講話) 「人は何のために生きるのか」 ~内村鑑三の言葉を手がかりに~

 まずは進級おめでとうございます。それぞれ学年が1つ上がり,四月には新入生を迎え,上級生としての自覚をしっかりと持ちながら,加美農をさらに盛り上げていってほしいと思います。

 さて皆さんは,「何のために勉強するの?」と問われたとしたら何と答えるでしょう。勉強の目的はそれぞれだと思いますが,「なぜ勉強するのか」という問いは,「なぜ生きるのか」という問題にもつながる根源的な問いです。人はなぜ生きるのか? 私もそう考えて悩んだことも何度もあります。こせば十代の頃,進路のことや家のことなど数々悩みを抱えていました。その時に考えたのは「今は悩みがあるかもしれないけれども,それは考えが未熟だからであって,大人になればきっと悩みもなくなるはずだ」という漠然たる期待を抱いていたのを覚えています。(その悩みが,生きている間つづくのだと悟った時の衝撃も…)

 人は必ず何事かに悩みます。それを一言に集約することは難しいですが,どんな種類の悩みも究極的には,「なぜ人は生まれ,生きるのか?」との“生存の不安”に行き着くのではないでしょうか。これは人が必ず突き当たる永遠の問いなのです。それもそのはずで,この世に生を受けたどんな人であろうとも,自らの意志によって生まれてきた人はいないのです。生命誕生の神秘は奇跡的ではありますが,一方で,それは受け身なのだとも言えるのです。オギャーと叫んだ瞬間から,自分の言葉で人生を意味づけしていく「長い旅」が始まるのだとも言えるのです。

 ふり返って高校時代に,忘れられない書物との出会いがありました。明治の時代,内村鑑三というキリスト教者にして魅力的な思想家の『後世への最大遺物』という一冊です。これは明治二七年夏,内村鑑三がキリスト教青年学校の学生に対して行った講演録で,口語体の読みやすい語りです。

〈人はいったい何のために生まれて,どのように生きるのが正しいのか?〉,そんな漠たる煩悶を抱えていた私に,内村鑑三は明瞭に,かつ力強くその意義を開示してくれました。今日は,その内村鑑三という人物が残した言葉を手がかりに,人生の意義について少し考えてみたいと思います。 

 幕末生まれの内村鑑三は高崎藩士の長男で,キリスト教入信のきっかけとなったのは札幌農学校への入学でした。その家族の死や病,失業,仲間や社会からの批判など,数々の苦難を乗り越えてきた鑑三は「人生の意義」を次のように説きます。

《私は何かこの地球にMemento(モメント) を置いて逝きたい,私がこの地球を愛した証拠を置いて逝きたい,私が同胞を愛した記念碑を置いて逝きたい。それゆえにお互いにここに生まれてきた以上は,われわれが喜ばしい国に往くかも知れませぬけれども,しかしわれわれがこの世の中にあるあいだは,少しなりともこの世の中を善くして往きたいです。この世の中にわれわれの Memento を遺して逝きたいです。》

 明治27年といえば,日本が近代国家として最初の対外戦争となった日清戦争が起こった年です。内村鑑三は,その高揚と不安の時代を生きる青年たちに対し,ゆるぎない言葉で語りかけました。生きることを自己完結的にとらえていた私には最初はピンときませんでしたが,よくよく考えれば,たしかに私の「生」は自ら意志した結果ではなく親から受け継いだ命であり,それを「後世」という次の世代への縦軸の橋渡しでもあるのだ。さらに「地球」という横軸の発想(近年,SDG‘sという地球規模の視点があたり前に浸透していますが)が大きく視野を広げてくれました。

 さらに,人が後世に遺せる遺物(レガシー)には,お金や事業そして思想(文学や教育)などがあるが,これらは誰にでも残せる訳ではない。そして,誰にでも残すことができる最大にして最高の遺物=〈人生の最高価値〉が何なのかを説きます。

《それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる,ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で,利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。》

《しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと,(中略)失望の世の中にあらずして,希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして,歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して,その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。》と説き,「他の人の行くことを嫌うところへ行け 他の人の嫌がることをなせ」といった格言とともに,歴史人物のエピソードを紹介します。

 もちろん,これらの言葉はキリスト教信仰に深く根ざしています。私自身はキリスト教者でもなく,ごく一般の世俗的な高校生でしたが,そんな私にとっても,

《後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも,あの人はこの世の中に生きているあいだは,真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したい。》 という

独自の信仰世界を開いた思想家・内村鑑三の純粋なゆるぎない言葉は,“生きる意味”の何かを開示してくれた書物となったのでした。

 皆さんには今日の話をひとつのヒントに,自分自身の言葉で「なぜ生きるのか」についての答えを自ら紡ぎ出し,これからの長い人生の旅に立ち向かっていってもらいたいと心から願い,修業式にあたっての講話と致します。

 

【参考文献】

  内村鑑三 『後世への最大遺物・デンマルク国の話』(岩波文庫)

  若松英輔 『内村鑑三をよむ』(岩波ブックレット №845)

令和4年度卒業式 式 辞

 今年の冬は例年に比して雪の少ない冬とはいえ,心身を凍てつく厳しい寒さも,ようやく和らいだかに感じられる季節となりました。ここ色麻にも日を追うごとに春の芽吹きを感じる弥生の節目を迎え,はるか船形の残雪や,校地の木々にも確実に春光の柔らかな日差しが差し込んでくるのが実感されます。このような佳き日に,これまで地域で見守り寄り添ってくださった多数のご来賓の皆様,並びに本校教育活動にご支援をいただいた保護者の皆様方が一堂に会し,令和4年度卒業式をかくも盛大に挙行できますことは,卒業生はもとより在校生,教職員にとりましてもこの上ない慶びでございます。

 ただ今,高等学校三カ年の課程を修了し,卒業証書を授与しました農業科22名,農業機械科29名,生活技術科16名の卒業生の皆さん,ご卒業おめでとう。教職員一同,卒業生の門出を心より祝福いたします。とともに,本日 手にした卒業証書は,校訓「耕心」のもと,本校の全教育課程を修めた証しであります。それは自身の努力もさる  ことながら,すぐそばで支え励ましてくれた仲間,恩師,ご家族,地域の皆様方の深い愛情と温かい支えによってもたらされた共同の結晶でもあります。その達成と感謝を胸に刻みつつ,一生涯の誇りとして忘れずにいてください。

 3年前の入学式,大きな期待と不安に胸を膨らませてはじまった加美農での生活も今日で最後となります。今,皆 さんが高校生活を振り返ったとき,それは何色の思い出として映るのでしょう。皆さんの脳裏に去来する思い出には,実に多くの色があったろうと推察します。本校の自然豊かな農場での部門実習や,耕心寮での入寮生活,先輩や後輩との居室生活など,普通高校では決して味わうことのできない教育体験を積み重ねてきました。そこでは,自然生命の尊さと愛おしさはもとより,寮生活の規律の中で仲間たちと生活をする喜びなど,学校教育の基本となる共同的な価値を体得してきたものと思います。自然に抱かれ,仲間に支えられ,地域に見守られている,そのことを実感することができたのは,本校創立以来の伝統の力であり,それを正統に受け継いだ加美農生の皆さんの頑張りの賜物であることに違いありません。

 今年度の出来事で特筆すべきは,中断していた学校行事が再開されたことです。5月全校田植え,10月加美農祭一般公開,収穫感謝の会。そして11月には韓国水原農生命科学高校との親善交流がリモートで再開にこぎつけることができました。

 また,農業クラブや家庭クラブの成果と致しましては,まず農業クラブ各種大会での活躍が挙げられます。高い技能が求められる平板測量競技会では県大会二連覇を達成し,全国大会出場を果たし,見事,優秀賞に輝きました。家庭クラブ活動も,長年の交通安全啓発に対し加美警察署から感謝状が贈呈され,先の宮城県高校生地産地消お弁当コンテストにおいては,大崎耕土にちなんだ本校考案メニューが,優秀賞及びWEB投票特別賞に選出され,イオン系列で一般販売されたことがマスコミでも取り上げられました。さらには,5年に一度の大会で全国和牛共進会予選会への出場,年明けには念願であった「ASIAGAP」の認証という吉報を受けました。これは県内では2校目,穀物部門では県内初となります。

 こうした本校の取組に対し,今年度キャリア教育優良校として文部科学大臣表彰の栄誉を受けることができました。受賞の理由となったのは,本校の実践が地域協働において《継続》して行われたこと,その上で《高校生の力》が存分に発揮されたことが大きく評価されました。改めて,本校生のひたむきな姿勢に敬意を表したいと思います。

 さて,予期せぬ災厄が出現して,はや3年の月日が流れました。皆さんの高校生活は,この未知のウィルス拡大の時期と重なり,学校生活や寮生活がこれまでにないほどの制約を受けました。このような桎梏からいつになれば解放されるのか。先の見えないもどかしい葛藤が,全国,全世界の人々の声なき声としてありました。そうした日常に,変化の兆しが少し見え始めてきている昨今ではありますが,こうした不条理が,人生の場面において不意に出現することは,人知を超えて今後もあり得るのです。だからこそ,人々は立場を越えて団結し,人類史上記憶されるこの苦境の意味を忘れずにいなければなりません。人類はこうした不測の経験をバネに,共通の価値を創造し,困難を乗り越えてきたのです。これから私たちはどんな未来を築いていくのか。それこそが世界の課題であり,次代を担う皆さんに課せられた使命でもあります。皆さんの果敢な勇気と行動力によって,この不透明な逆境を打開し,人々の心に希望の火を灯していくこと。そのことを切に願ってやみません。

 今皆さんの手には,自身の人生を何色にも染めうる自由意思が与えられています。義務教育九年,高等学校三年の学習を土台に,自らの人生に思い思いの色を描いていってほしいと思います。

 遠く未来を見渡せば,情報技術革新がさらに進展し,人口知能が社会の先端を行こうとも,それは生活の利便性となっても,生存の安寧はもたらさないことを,私たちは本能的に理解しています。なぜなら,人間の命は,食べ物や自然環境という基本要件を抜きにつなぐことは不可能だからです。これからも,農業が人間生活の根幹を支える営みであることに変わりはありません。近い将来,世界規模で,農業を中心とした政策転換がなされる日がやってくるかもしれません。その時こそ,農業への見識を有する皆さんの真の出番なのです。

 高等学校での学習は本日でひと区切りとなりますが,それは学びの完結ではありません。皆さんはそれぞれの道において,新たな課題と向き合い,社会というより広いフィールドにおいて,生涯にわたって学び深めていくことになります。それは自己実現を果たすという目的だけではなく,よりよい世界,すなわち“平和”を希求する共通の願いに連なるのだ,と私は信じています。

 昨今,人生100年時代が叫ばれています。だとすれば,高校三年の皆さんは今後約80年のというスパンで,この世を生きます。100年という時間を一日の時間時計に置き換えてみると,18歳はおおよそ午前4時半にあたります。すなわち,日が昇る前のまだ薄暗い,夜明けの前に皆さんは立っているのです。これからが夜明けであり,本当の自分の旅がはじまるのです。

 そんな皆さんに,最後のメッセージです。それは,「物事の本質をつかむ」という姿勢です。難しいことではありません。古今東西の常として,私たち世俗には,時に虚偽がまかり通ることがあります。そうした時こそ,大地とともに学習を積み重ねてきた見識がものを言うのです。自然はまっすぐに人の心を映し出します。そのことを体感している加美農生だからこそ,混沌とした世の中にあって,謙虚に物事の本質を見極める人材として羽ばたいてもらいたいし,そこでこそ本校で修めた学習価値が輝くのです。

 これからの行く手にどんなに荒波が待ち受けようとも,校訓であり寮是にも掲げる「耕心」の精神,「よく土を耕そうと志す者はまず心を耕さなければならない」という志を実践し,自分たちの未来地図を,力強く,そしてしなやかに彩っていくことを願ってやみません。

 

癸卯を迎えて“和”を思うー令和5年の感慨

 新年おめでとうございます。皆さんは2023年の新春をどのような思いで迎えたでしょうか。今年の干支は癸卯(みずのとう)です。うさぎは古くから月との縁も深く“つき”を呼ぶ縁起のいい動物といわれます。そんな幸運な一年になることを真に念願したいです。

 さて,今日は「和」をめぐる話をします。新年を迎えるにあたり「和」という言葉に思いを馳せました。2022年を表す漢字が「戦」だったからでもあります。

 繰り返しにはなりますが,今こうして当たり前の日常が送れているという事は,実は奇跡的な幸運だというのが世界の現実だということです。そのことを皆さんも体験的に身にしみて実感するはずです。世界を見渡せば地球温暖化や気候変動,食糧問題,自然災害,ウクライナの戦争,コロナパンデミックなど,予想を超えた多くの事態に直面しています。このことに無関心ではいられません。なぜなら,自分たちだけが危険から守られ,安全に生き延びるということは到底あり得ないことをよく知ったからです。和―調和や安全とは,他者や他国とのバランスの中で保たれる状態であり,相互の努力によってもたらされるものです。

 今ここに掲げた「和」とは,全体の調和であり世界の平和でもあります。さらに和には和服,和食など日本の独自性の意味も込められています。2023年はそれぞれ個性を発揮しながら,調和と平和を大切にしていきたいと願います。しかしそれらは誰かが授けてくれるギフトではありません。私たちの強固な意志と不断の努力によってしか実現し得ない高い理想です。そのことにぜひ心を寄せて,未来を描いてください。

 最後に,「和」に関わる2つの格言を紹介します。1つは「和をもって貴しとなす」いさかいなく仲良くするということが貴し。貴しとは最良の価値であるという意味です。論語や聖徳太子の宣言にもある社会の理想で,皆さんも聞いた事があるかと思います。

 もう1つは「和して同ぜず」というこれも古代中国の格言です。君子は周囲と仲良くすることを大切にするけれども同ぜず。安易に同調しないという強固な態度です。皆が言うから私も賛同するというのは,周囲に流され主体的ではありません。全体の和を尊重しつつも,自分自身の考えや判断をしっかりと持つべきだという格言です。

 今年度もあと数ヶ月となりました。3年生は高校生活のしめくくりでもありますので,新しい年にあたり「和」の精神とともに,それぞれにまだ眠っている可能性を自ら育て上げてください。そしてそのためにやるべき事とは,毎日の授業そして目の前の生活を誠実にこなしていく地道でひたむきな努力です。近道はありません。皆さんの大きな夢が毎日の積み重ねで花開いていく事を心から祈念し,休み明けの講話といたします。

令和4年度 後期始業式あいさつ

 早いもので校地内を見渡せば,春に全校で植えた若々しい苗も大きく色づき,頭を垂れるほどの秋の実りを迎える季節となりました。

 令和4年度も折り返しの6ヶ月が過ぎました。年度初めに立てた目標がそれぞれにあったと思います。学習・部活動・クラブ活動・進路などどれくらい目標に近づくことができたでしょうか。また,新型コロナウィルス感染第七波の終息はまだ先の状況ではありますが,この未知のウィルスとの“共存”を前提に,日常生活を安全に上手に営んでいく心構えが必要と思います。今後も周囲への思いやりの気持ちで感染対策を今しばらく継続してください。特に3年生は進路決定の大事な時期ですので,健康管理もしっかりと行ってください。

 今年度の加美農祭は「校内発表」だけでなく,翌日「一般公開」も実施予定で計画をしていきます。多くの方々に,本校の教育活動の成果や,加美農生の活躍ぶりをぜひ見ていただきたいというのが一番の理由です。全校生徒心をひとつにして,この最大の行事を成功させてください。主役はここに居る皆さんです。そして,収穫感謝祭や伝統の寮祭も予定どおり行います。農作物の収穫に感謝し,皆さんたち丹精込めて育て上げた自然の恵みを皆で共に味わいたいと思いますので,楽しみに盛り上げていってください。

 さて,始業式でのお伝えしたメッセージの中で,「どんな困難があってもそれを乗り越え、立ち上がっていく力を日々の学習の中から身に付けていってほしい」という「レジリエンス」という話をお伝えしました。ある時,生徒の方から,「どうすればそういう力が身につくのですか?」という質問を受けたことがありました。皆さんならどう考えますか?

 私の答えはこうです。第一に自分に課せられた又は自ら課した毎日の積み重ねを丁寧に心を込めて継続していくことです。毎日の授業もその心構えで積極的に参加してください。第二に大切なことは,「自分の苦手なことに敢えて挑戦する」ということです。楽なことよりは,少々の困難を選んでください。得意なことも大事ですが,苦手なこともやってみてください。好きなものだけを食べていても,健康な体にはなりません。いつも真ん中にいる人は,端っこに寄ってみてください。いつも後ろの人は前に行ってみてください。確実に見える風景が変わるはずです。いつも同じではない,視点の幅を持つということが,自分自身の思考の土台を大きく広げます。それが立ち上がる時の力の源に繋がるはずです。

  令和4年度後半の加美農を、一人ひとりの力を最大限に発揮して盛り上げていってほしいと願います。加美農生はこんなものではない,まだまだ出し切っていない余力が眠っているはずです。

 皆さんのさらなる活躍と成長を心から期待して,後期始業式の講話といたします。

「命」に触れる学び-コロナ禍の学校生活

 新入生54名を迎え,令和4年度が始まりました。拡大が続く新型コロナ対策の中で,生徒の皆さんは毎日の授業をはじめとした実習や学校行事,部活動にも意欲的に取組んでいたと思います。

 今年5月には3年ぶりとなる全校田植えを実施しました。心を一つに農業高校ならではの伝統行事の「誇り」を体感することができたのではないかと思います。皆さんの真剣な眼差しと団結の笑顔こそが本校の活力の源だと実感した次第です。

 部活動では,地区総体及び県総体が無事開催となり各部大いに健闘しました。特に相撲部の6年ぶりンターハイ出場。また農業クラブでは,平板測量競技で二連覇を達成。他にも5年ごと開催の全国和牛共進会高校の部出場で優秀賞や意見発表県大会優秀賞,情報処理競技優秀賞など,皆さんの生き生きとした活躍が各所でありました。皆さんの活躍を頼もしく思う反面,加美農生の底力ならば,もっともっとできるはずだという欲も湧いてきます。自分の可能性を限定し決め付けるのはもったいない。精根尽き果ててはじめて自分の限界が分かるのです。挑戦する精神にこそ道が拓けます。失敗を恐れずにチャレンジする精神を。特に3年生は最後の仕上げの夏です。自分の未来にしっかりと向き合い,悔いのない夏休みを過ごしてください。

 さて,今日は「命」というテーマで話をしたいと思います。皆さんは日々の学習や実習を通じて,多様な生き物の「命」と向き合っています。そして世界に目を向ければ,コロナ感染によって亡なる方,自然災害や戦争の犠牲で命を落とす方もいます。こうした生と死の現実をどう考え,何ができるのかということは,これからも考えていってほしいテーマです。なぜなら,そうした知らない人の生活や命と,私たちの命とはどこかで繋がっているかもしれないという思いがあるからです。現代の生物学の知見によれば,DNAの解析によりこの地球上に現存する生物は一つの祖先の子孫であるという研究成果がありました。もしそうだとすれば,すべての生命が種別や国境を超えて繋がっているとも言えるのです。

 農業教育の根本は命に向き合う学習です。私は命と向き合いながらひたむきに生きている人が一番尊いと思っています。これから社会を担う皆さんはそういう自信と自覚を持って生きていってほしいと思います。

 先日ある本を読んでいて「命は誰のものか」という一文と出会いました。「あなたの命はあなたのものではない」というのです。自分の命は自分ものだと確信的に思い込んでいたのですが,そうではないのだと。それは近代以降の発想であって,あなたの命はあなたが作ったものでも,ましてや買ったものでもない。確かに与えられた命なのです。私の解釈は,自分の命は自分のものだけれども,自分だけのものではない,多くの縁ある人との繋がりの中にあるという考えに至りました。

 長引くコロナ感染という先行き不透明な時代の中で,いまなお不安がある人も多いと思います。しかしながら,こうした困難時代だからこそ,自分と周りの人の命を大切に思いながら,これからの人生を力強く切り拓くための言葉=信念が持てるような知的冒険をしながら,有意義な夏休みを過ごしてほしいと切に願います。

 以上で,休み前講話を終わります。夏休み明けにはまた全員元気に再会しましょう。

令和4年度 入学式式辞

 ただいま、入学を許可いたしました農業科二十二名、農業機械科二十二名、生活技術科十名の新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。皆さんは自らの志によって高校入試の関門を突破し、義務教育課程を修了後、高校生活への期待と不安の入り交じった中で、本校入学の日が来ることを心待ちにしていたものと思います。高校への進学は、進路選択大きな一歩です。今日から晴れて加美農業高等学校の生徒となり、希望に満ちた学校生活がスタートします。教職員・在校生一同、新入生一人一人を心から歓迎するとともに、加美農生として共に学べることに大きな喜びを実感しております。

 振り返れば、皆さんが今日ここにこうしているのは、決して自分一人の力によるものだけではありません。これまでの十五年間を時に厳しく時に優しく慈しみ育んでこられたご家族の惜しみない愛情と、義務教育の九年間を通じて熱心にご指導くださった多くの先生方、そして遠く近くで常に見守ってくださった地域の方々の熱心な支えによって導かれてきたのであります。改めて今日、これまで心を寄せてくださった方々の願いを心に刻み、感謝と決意の心をもって高校生活の第一歩を踏み出していってほしいと思います。 

 さて、加美農業高等学校は、明治三十三年の開校以来、今年で百二十二年の歴史を刻んで参りました。長き歴史と伝統を誇る本校は、農業のスペシャリスト育成を担う目的により、地域の皆様方からの期待に応えるべく日々発展進化していくことを使命としております。その使命を実現するために、自身の心を耕すという意味で、『耕心』という言葉が校訓となっています。土を耕すのと同じように、心を耕す。本校はこの校訓のもと、高い志を持ち、自ら意欲的に学び、情操豊かで、心身ともに健全な品格のある生徒、そして、社会性を身につけ地域を支える人材の育成を目指しております。これまで実に多くの卒業生が、地元はもとより、県内外、各方面で活躍されております。新入生の皆さんも、今日から加美農業高校の一員として常に高い志を持ち、多くの先輩方と同じように、社会の中枢で活躍できる有能な人材として社会に羽ばたいていくことを期待しています。 

 ここで、これからの本校を担う新入生の皆さんに、二つお願いをします。

 一つは、「〈夢〉を持ち続ける」ということです。何か一つどんな小さな事でもかまわない。自分がそうありたいと願う大いなる理想に向かって粘り強く努力していってほしいのです。この不透明な時代にあって、本校での三年間の学びは、必ずや皆さんの夢の実現のための礎となるものと確信しております。自分一人であきらめてしまいそうなときは、先生や同じ仲間と励まし合い、切磋琢磨しながら、夢の実現に向かって突き進んでもらいたいのです。そのとき大事なことは挑戦する意志、チャレンジする精神です。人は時に安定を求めるあまり、変化を恐れて立ち止まってしまうものです。しかし、変革を恐れていては夢の実現はありません。高校での学習活動は挑戦の連続です。一歩踏み出す勇気と、新しい自分との出会いを果たしていってください。必ずやそれがかけがえのない財産となって、揺るぎのない自信を与えてくれるに違いありません。

 二つ目は「〈思いやりの心〉を持ち続ける」ということです。

 人は一人では生きてはいけない存在です。必ず誰かとの、あるいは何かとの関わりの中で存在しています。だからこそ、自分と関わるすべての人や物の尊厳を認め、思いやってほしいのです。教室の中で、寮の中で、家庭の中で、自然の中で・・・。この不安の時代に求められていることは明瞭です。「対立」ではなく「対話」。「自己を主張すること」ではなく、「他者を受容すること」です。お互いの違いを違ったままで尊重し合いながら相手を思いやる。そんな寛容な広い心を持った生徒になってください。日常の些細な出来事に一喜一憂してしまうこともあるかもしれません。それでもなお、思いやりの心を忘れないでください。難しいことではありません。隣にいる友だちに笑顔で「おはよう」と挨拶する。その一言がどれだけか人の心を癒やすはずです。困っている人や悩んでいる人がいたら、迷わずそっと手を差し延べてみてください。そのぬくもりに確かな答えがあるはずです。

 この二つの事を、今日から行動に移してみてください。きっと何かが変わっていくはずです。 

 さて、農業の「農」という字には、「実る」という意味があります。農業とは命の営みそのものです。じっくりと土を耕し、心を耕し、苦労や喜びを寄せ合いながら、豊かな実りを迎え入れられるよう、希望の種を蒔いていってください。自然の厳しさ優しさと対話をしながら、大地に根ざす力を尊び、理想の志を高く掲げてください。皆さんのそうした確かな学びを、本校農業教育は保証し続けます。もちろん、人間は迷い間違う存在です。つまづき倒れることもあります。それでもなお、立ち上がっていくしなやかさと芯の強さを、本校の広大な自然環境の中で育んでいくことを心から願っています。

令和4年度 始業式あいさつ

 このたび,宮城県図書館からの異動により赴任いたしました根岸一成といいます。どうぞよろしくお願いします。先ほど新任式にて13名の転入の先生方を紹介していただきました。また今年度は,54名の新入生が入学してきます。新入生は高校生活への大きな期待と同時に不安も抱えているはずです。特に,耕心寮での寮生活は不安が大きいものと思います。皆さん一人一人の溌剌とした姿勢が、本校生のお手本になります。後輩を導くよき先輩として後輩を暖かく迎え入れてほしいと思います。

 さて,始業式にあたり、校長先生から皆さんへメッセージが3つあります。

 1つは、今年の4月1日から民法の改正により成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたということです。何が変わったのかといえば、18歳になった人は親の親権には服さず、法律上も独立した大人として扱われることになります。誕生日を迎えた3年生は、正真正銘の「成人」となります。では、成人になるとはどういうことなのでしょうか? 一言で言えば、「社会的責任」が生じるということです。これまでは誰かが代わりにやってくれていたことが、これからは自分自身の責任において行う場面が増えるということです。学校内だけでなく、学校外においても今まで以上に、責任ある言動や行動を心がけてほしいと思います。

 2つ目は、失敗やつまずきのなかに、新たな創造が生まれるということです。人間は迷い、つまずく存在です。大事なことは、そこから前を向いて立ち上がるということです。心理学ではこれを「レジリエンス」(回復する力)と言います。皆さんにはどんな困難があってもそれを乗り越え、立ち上がっていく力を日々の学習の中から身に付けていってほしいのです。

 これまで人類がいくどの疫病や自然災害を乗り越えて何千年も前から今日まで生き抜いてきたのは、この回復する力のDNAが備わっていたからなのだと思います。現在の感染状況も同様です。現在のマイナス状況を乗り越え、ここから立ち上がっていくためにも、力と知恵を結集して前に進んでいきたいと思います。 

 3つ目は、新型コロナウィルスの感染状況は続いていますが、基本的な対策をしながら、学校行事は進めていきたいと思います。そのためにも、皆さんの日頃の一人一人の協力がぜひ必要です。そして自分と、そして周りにいる仲間を思いやること。そのことを常に忘れないでください。思いやるとはどうする事なのかを皆さん一人一人が考え、実践して欲しいのです。答えは見つかるはずです。1日1回でいい、それを実践に移してください。必ず何かが変わっていくはずです。

 令和4年度の加美農を、ここにいる一人ひとりの力で盛り上げていってほしいと願います。そして校長室のドアはいつでも開かれています。何かお話したいことがあれば、いつでも来ていただいて構いません。