ブログ

校長通信「耕心だより」

令和5年度卒業式 式辞

 今年の冬は心身を凍てつく厳しい雪の試練もほど遠く、思いのほか穏やかな冬となりました。気が付けばいつしか立春も過ぎ、遠く船形連峰や薬莱山の山肌にも確実に新しい季節の日差しが差し込み、本校農場各所でも待ち望んだ春の訪れを実感させる芽吹きの季節となりました。

 このような弥生の佳き日、これまで本校教育活動に多大な御協力をいただいた多数の御来賓の皆様、並びに御支援をいただいた保護者の皆様が一堂に会し、令和五年度加美農業高等学校卒業式をかくも盛大に挙行できますことは、卒業生はもとより在校生、教職員にとりましてもこの上ない悦びでございます。

 ただ今、高等学校三カ年の全課程を修了し、卒業証書を授与しました農業科十三名、農業機械科二十名、生活技術科 六名の卒業生の皆さん御卒業おめでとうございます。教職員一同、卒業生の門出を心より祝福いたします。

 本日手にした卒業証書は、校訓「耕心」のもと本校三カ年の教育課程を修めた証しです。それはそれぞれの努力だけでなく、遠く近くで励ましてくれた仲間や恩師、常に深い愛情で支えてくれた家族、温かい眼差しで見守ってくれた地域の皆様によって育まれた結晶でもあります。その達成と感謝を誇りとして心に刻んでほしいと思います。

 思い起こせば、二〇二一年春の入学。皆さんの高校生活は三度目の緊急事態宣言という不安の中、全員がマスクを着用した緊張感の中でスタートしました。皆さんの脳裏に去来する記憶には、多くの自粛と忍耐があったものと推察します。そうした中でも、本校の自然豊かな農場での部門実習や地域の方々との交流学習、初めての耕心寮での居室生活など普通高校では決して味わうことのできない豊かな経験を積み重ねてきました。互いを思いやる優しさとともに、寮生活の規律の中で仲間たちと語らい過ごした格別の時間など、かけがえのない思い出を作ってきたものと思います。このように自然に抱かれ、周囲に見守られている特別な生活を体感できたのは、本校創立百二十三年の伝統と、加美色麻の自然の感化力であることに違いありません。 

 まず今年度特筆すべきは、世界を長く覆い苦しめてきた新型コロナウィルスが変異とともに弱毒化し、昨年五月二類から五類へ移行したことです。このことによって社会的制約が大きく緩和され、ようやく日常生活を取り戻す兆しを得ました。それに伴い、それまで閉塞を余儀なくされてきた学校活動も大きく解放されました。本校では農業高校の根幹を形成する全校田植え、加美農祭、収穫感謝の会。そして修学旅行や部活動の諸大会など、これら学校行事を一致団結して実行することができたのは何物にも代えがたい悦びでした。

 また、学校農業クラブや家庭クラブ活動の成果として、平板測量競技会で県大会三連覇・全国大会出場を果たしました。農ク全国家畜審査競技(乳用牛の部)では十三年ぶりとなる優秀賞に輝く快挙を達成。家庭クラブでは宮城県高校生地産地消お弁当コンテストにおいて、本校自慢の食材を生かした「みやぎのうまい あっ!pull弁当」で二年連続本戦出場を果たし、その個性的な食味は大きな評価を得ました。また、機械班が取り組んできた手作り省燃費自動車競技では二年連続完走の二位となり、工業高校や専門大学にも引けを取らない技術的完成度の高さを示しました。

 さらに今年一月、近年、農業機械科が色麻町と共同で取組んできた獣害対策事業の実績により、「アグリテック甲子園」第一次審査を通過し姫路市において開催された本戦に出場。結果、錚々たる大学高校のプレゼンを抑え、見事最優秀賞+テクノロジー賞の最高賞に輝き、本校課題研究の高みを県内外に示しました。他にも各部門の特色を生かした連携事業や地域商店とのコラボレーション商品、新メニューの開発などが実を結んでおり、今後の進展が大いに期待されます。また、デジタル分野における研究の試みも進んでおり、韓国の高校とのグローバルな学習連携も視野に入れています。

 こうした取組みとともに、本年一月には韓国教職員の親善訪問受入れを実現することができました。“近くて遠い国”とも称される日韓交流に際し、韓国訪問団の先生方は実に熱心に私たちに思いを寄せ、多大な教育的恩恵をもたらしてくれました。初めはお互いに距離がありましたが、授業の最後に同じアジアの仲間として親しい信頼関係を築くことができたのは、互いに敬愛の念を抱き心の窓を全開に、それぞれの立場や価値の違いを認め合うことができたからだと思います。実にこの訪問は「平和実現」というユネスコの崇高な理念によって繋がっていたのです。国境を越えた信頼と立場の異なる人々との連帯こそ、真に世界が求める理念に他なりません。それ程にこの日韓交流は、本校の歴史にも教育的意義を残してくれました。

 ひるがえって、人類がこの地球上で特別な地位を獲得したのは、今から約一万二千年前とされています。農耕技術の定着とともに定住型コミュニティが成立し、安定した生産性を実現していきました。以後、人類は豊かさを追求して現在に至ります。しかし近年に至って、「高い知性を持つはずの人間が自分たちの住む地球を破壊してしまっている」という逆説を警告するのは、今年で齢九十を迎える英国の動物行動学者ジェーン・グドール氏です。これこそSDG‘sが掲げる地球課題であり、私たちと次代を担う「地球市民」に課せられた共通のミッションでもあるのです。

 そしてもう一つの課題は、自然破壊に伴う地球環境の変動です。昨年夏の鮮明な記憶として、猛暑が北半球を襲いました。気象庁観測史上で最も暑い夏を記録し、私たちの皮膚感覚としても「これまでの夏とは明らかに何かが違う」と直感するほどに暑い夏でした。この影響により本校で飼育している乳牛が倒れ、農作物にも例年にない影響が出ました。自然環境をコントロールできるほど人間は尊大には生きられません。だからこそ人間も、この地球に生きる多くの生命体の一部であることを肝に銘じなければなりません。そして農業を学んだ皆さんだからこそ、持続可能な地球環境の改善を志向していくことができる。この気高い実践こそ、これからの農業教育が示す一つの指標なのだといっても過言ではありません。

 近く未来を見渡せば情報技術はさらに進展し、生成AIが日常生活のスタンダードとなりつつあります。しかしそれは、利便性の向上となっても、人間精神の安寧はもたらさないだろうことを私たちは直感しています。それ故に重要だと考えるのは、他者との関わりの中で借り物ではない「自立した言葉」を立ち上げ、閉塞した精神を広い世界へ解き放っていくことです。どんなに未成熟であろうとも、生きた言葉は人々の心を動かし、この世界を変え得る「共感力」を持つのです。

 その一つの証左として、昨年の夏、私は一冊の書物と出会いました。萩原慎一郎という才能溢れる歌人の『滑走路』と題された歌集です。中高一貫の難関中学受験を突破し、順風満帆と思われた少年を待ち受けていたのは級友からの壮絶な「いじめ」でした。靴は隠され鞄はゴミ箱に捨てられ、暴力を受ける毎日に心身を病んでいきます。以後、高校卒業時まで苛烈ないじめに堪えた孤独な青年が拠り所としたのが短歌の世界でした。十七歳で短歌創作と出会い猛烈な勢いで言葉を紡ぎ、三十一音の中に自身を解放していきます。

 「だからぼくは歌うんだと思います。誰からも否定できない生きざまを提示するために」と宣言。以後数々の入選で注目されます。三十二歳で、十五年詠み溜めた約二千首のうちから三百首近くを自選し、二〇一七年に出版。これが記念すべき第一歌集の『滑走路』です。この歌集のページをめくると、中高のいじめ体験から立ち上がり、その後、非正規労働者として懸命にもがき生きた言葉の数々が一直線に離陸し、多く人々の人生の奥底に沈潜していきました。『滑走路』からいくつか短歌を紹介したいと思います。

  抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ

 癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ

 「悲しみ」とただ一語にて表現のできぬ感情抱いているのだ

 非正規という受け入れがたき現状を受け入ながら生きているのだ

 本日、高等学校での学習は区切りとなります。しかしそれは完結でありません。今後皆さんはそれぞれの場所において、新しい課題と向き合い、主体的に学び続けていくことになります。その際大切にしてほしいのが言葉です。私たちはこの歌人と同じように、不屈の精神によって己の人生を構築し、混沌とした未来に立ち向かっていくための「言葉」を打ち立てていくこと。そのことを願ってやみません。

 そんな皆さんに最後のメッセージです。それは「弱き者への慈しみ」を持つということです。慈しみとは、「相手をいたわり思いやる気持ち」ことのです。これまで出会った人たち、これから出会う人たちに対して、慈しみを忘れずに接してください。そして皆さんの行く手にどんな艱難が待ち受けようとも、この慈しみの心をもってすれば、大地に根を下ろす優しさと強さを発揮していけるはずだと確信しています。自信を持って進んでください。

 最後になりますが、保護者の皆様へ一言お祝いを申し上げます。これまで本校教育活動にあたり、数々の御支援にあらためて厚く御礼申し上げます。三年間を全うし心身たくましく成長した御子様方は本日卒業となりますが、これからも加美農業高校は本県農業教育の最良の教育機関としての使命を全うすべく、さらなる前進を重ねていく所存でございます。今後とも遠くより御支援を賜りますよう、心よりお願いを申し上げる次第でございます。

 結びに、本日御臨席の御来賓の皆様ならびに保護者の皆様方のご健勝と、三十九名の卒業生全員の前途に幸多からんことを祈念いたしまして、式辞といたします。

 

令和六年三月一日    

宮城県加美農業高等学校

校長  根 岸 一 成

 

(参考文献)

 萩原慎一郎『歌集 滑走路』(りとむコレクション102)2017年角川書店刊